ブログは遺り続ける

インターネット上に記録された情報というものは、半永久的に消えることはありません。例え元々情報があったサイトがなくなったからとはいえ、基本的に掲載された情報は半永久的に残り続けます。消失するとしたら、それら関連している全てが消滅するか、インターネットの記録を一度全てデリートするか、それくらいでしょう。サーバーそのものがダウンする、なんて考えられない事態ですが、情報の海とまで呼ばれるインターネットの世界では1つの種を取り除いても、拡散して数えきれないくらいに増殖していってしまいます。ブログに掲載された内容にしても、検索する人の目につく限りは残っていくので、あまり恥ずかしいことを書くと一生残り続けてしまいます。先に紹介した保育園に落ちたというブログも、内容はずっとあるので投稿した人は複雑な思いに苛まれそうだ。

またブログは意図的に閉鎖しなければ、基本閉じられることはありません。規約違反等をしたり、またサーバーそのもののサービスが完全に終了してしまったりといったことに見舞われないかぎりは残っていく。芸能人のブログも例外ではない、ただそうしたブログの中にも特殊な形で発展していくこともある。運営していた芸能人、その人がこの世を去って故人となってしまっても、ファンから交流の場として愛され続けている、というものへとなるものもあるのです。

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死去した芸能人のブログ

芸能人と言っても人です、何かしらの不慮の事故や病気によって突然この世を去ったとしてもおかしなことはありません。そうなると残されたブログはどうなるのか、基本的には何も反応がなければ削除されますが、例外的に残り続けるブログというのもあります。一番有名なのは2008年に何の前触れもなくこの世を去ってしまった、飯島愛さんのブログが一番有名だろう。

芸能界を引退し、これからは文化活動をすると言っていたが、そんな彼女は突然自宅での不審死していたところを親族に発見された。衝撃すぎる死にファンは慟哭を上げたとも言われ、彼女の冥福を祈るために解説されていたブログへは多くのコメントが殺到したとのこと。見ている人がいない中でのコメントに何があるのか、そう思ってもおかしくありません。ただファンにすればここが飯島愛という芸能人との交流を確かにできる場であり、神聖な本堂といったように見ているのだ。いなくなっても邂逅できる、錯覚かも知れないがここに来ると落ち着くと普段の悩みを吐露するコメントが相次いだという。

ですがそのブログも遺族の方針などによって遂に閉鎖が決定された。本人が死亡してから実に7年という時間も、遺り続けていたのです。それだけ影響力のある存在だったため、多くの人が最期まで彼女都の別れを惜しんでいたことが分かる。

他の芸能人も

この他にも突如として逝去してしまった芸能人のブログというものはいくつかあります。代表的な芸能人といえば、

  死亡年 ブログ状況
上原美優 2011年5月 2011年12月閉鎖
川田亜子 2008年5月 一部ブログは現存
桜塚やっくん 2013年10月 現存中

この3名だろう。早々に閉鎖されてしまった芸能人もいれば、故人となってから2年近く遺っているブログもある。この違いは何処にあるのかというと、先に話したように遺族側の意向がかなり強く反映されるのだ。

ブログの価値

生前に運営されていたブログは、基本的に企業側からすれば早々に削除する意向にあるのは何となく分かるでしょう。けれど遺しておきたいと考えている人もいるものの、リソースを少しでも確保したいといった思惑が優先されるようだ。ただ芸能人のような反響のあるものに限ってはその判断も少し遅れるとのこと。または遺族がこれ以上遺したままにしておくわけにはいかない、そんな意思を見せれば消されてしまうものになる。

残酷すぎると感じるかもしれませんが、案外そういうものでしょう。故人を思ってのことなのかもしれませんが、それで誰かが得をするわけではない。むしろ飯島愛さんのように7年という時間遺っている方が奇跡に近いのだ。そうした点を踏まえると、遺されるものとしての価値は高い人と低い人に分かれそうだ。

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ブログの立場

ブログを利用して宣伝している人にしてみれば、生きている間は貴重な宣伝材料となりますが、もし自分がいなくなった時にどうなるかと考えてみる。そうなると遺しておきたくないと、そう思う人も少なからずいるでしょう。芸能人にしても、自分がいなくなっても遺り続けていい思い出になればいいと考えている人は少ないはず。勢力的にブログを更新している人ほど、残っては困ると考えているとおもうのではないか。